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東京都清瀬市、荒川区で医療・介護サービスを展開している社会福祉法人です

信愛報恩会 沿革・あゆみHISTORY

松野菊太郎の祈り(1909年 明治42)

写真 松野菊太郎氏神よ願わくば我等を憐み給え。
松野一個人の希望としては、更に有志より健康税として、毎月10銭宛集金して、不幸なる孤独の肺患者を助けんとの祈願あり。重ね重ねの出来事に遭遇して遂に堪え得ず企画するに至れるなり。
若し神の嘉し給うところとなりて幾年かの後、1個の病院でも設立するに至らば如何に嬉しくあるべきか


社会福祉のさきがけ

2枚の写真 昭和10年の信愛会信愛ホーム と 昭和16年の信愛病院 本会は、明治末期に於るキリスト教社会福祉運動勃興の一つとして、当時不治の病として周囲から疎外される傾向の強かった結核患者の救済を行いました。即ち、健康である有志の者から「健康税」月十銭を徴収し、結核患者の医療費及び生活費に充当する等、今日の社会保障制度に匹敵する仕事を行政に先駆けて行いました。
 結核患者に対する救療事業は後に救護施設を開設して貧困患者を収容し、社会復帰に至るまでその自立を援護しました。 結核患者の数は益々増加し、貧困の重症患者は入院隔離も叶わず、排菌しつつ本人また周囲共々苦難の中にありました。このような社会救済の急務に対し、本会は医療機関としての病院を開設し、医療保護施設として国策「結核撲滅運動」の一翼を担いました。
 戦中戦後の社会的経済的混乱の中にあっては、医薬食糧物資の欠乏著しく、貧困者失業者多数に及び、戦後は特に結核患者が広範急速に増加しました。本会は困窮者の社会施設並びに治療施設の充実を計る為、組織を財団法人に変更し、復興期の社会事業発展に持てる全てを傾注しました。

1909年(明治42)
報恩会創立、結核救済事業開始(会員は健康税として寄附する)
1911年(明治44)
機関紙 月刊「健康」発刊
1916年(大正5)
結核患者救護事業が認められ、紀元節にあたり内務省より事業奨励金下附さる。なお、同日東京府より事業奨励金交付さる。以降大正13年まで毎年あった。
1924年(大正13)
大正天皇御大礼記念事業として千葉県銚子市犬吠崎に海浜休養所を建設し困窮結核患者を収容救護開始
1934年(昭和9 )
多摩郡千歳村に一家を借り入れ、困窮結核患者のための療養の家「聖慈園ホーム」を創設
1935年(昭和10)
世田谷区弦巻町に移転して「信愛会信愛ホーム」を設立
機関紙 月刊「信愛の友」発刊
1937年(昭和12)
東京都北多摩郡清瀬村野火止1645番地の現在地に移転。「信愛会秋津保養農園」と更に改称し結核患者救護事業の拡充を図る
1939年(昭和14)
社会事業法附則第6項の規定による救療事業として東京府より認可
1940年(昭和15)
事業目的内容を同じくする明治42年創立の報恩会と信愛会は合併、秋津保養農園を病院開設認可申請、警視庁指令第50921号を以て認可される。
1941年(昭和16)
報恩会信愛病院開業許可、東京市の委託施設となる
1944年(昭和19)
北多摩郡東村山町南秋津1529番地、博慈会より博慈会静養所を譲渡され、信愛病院分院としてその事業を継承
1947年(昭和22)
財団法人信愛報恩会認可
1948年(昭和23)
病院内に日本基督教団信愛伝道所開設

結核医療福祉

2枚の写真 昭和29年の手術室、 昭和30年の信愛病院全景 社会福祉事業法制定と同時に社会福祉法人に組織を変更しました。信愛病院は、生計困難者が経済的理由によって受療機会を制限され、必要な医療が受けられない状態をなくするため、診療費を減免する無料低額診療事業に取り組みました。この事業は、生活保護法には該当しないか、該当しても医療扶助だけの場合などの生計困難者に対しても医療を提供するだけでなく医療に必要な日常生活必需品なども提供する事業として位置づけられ、福祉医療を実践することとなりました。
 また、この頃より病床数も200床を超え、逸早く看護面に三交替制を導入し、胸部外科手術を取り入れる等新しい結核医療を積極的に行い、その充実を図りました。


1949年(昭和24)
病棟増築
1950年(昭和25)
宮内庁より御下賜金拝受
荒川区西尾久町に信愛保育園開設
1952年(昭和27)
病棟増築病床数210床
財団法人組織を社会福祉法人信愛報恩会に組織変更認可申請認可
(社会福祉事業法第二種社会事業無料低額診療事業施設信愛病院)
 信愛保育園敷地に「信愛診療所」を開設
1957年(昭和32)
博慈会静養所(信愛病院分院)を閉鎖
1959年(昭和34)
博慈会の土地を秋津療育園に売却し、建物は寄付
1960年(昭和35)
宮内庁より御下賜金拝受
1964年(昭和39)
鉄筋コンクリート二階建病棟増築
1967年(昭和42)
「信愛診療所」を荒川区より北多摩郡清瀬町旭が丘二丁目に移転
1968年(昭和43)
外科病棟を一般内科病棟に変更し老人医療開始

地域老人医療福祉

3枚の写真 昭和45年の信愛の園、昭和49年の全景、昭和54年の信愛デイケアセンター内の機械浴の様子 結核患者の発生率及び死亡率の低下減少を見た昭和30年代末期に、次期の社会ニードと本会の基本方針を検討し、成人病、老年病医療福祉に転換することを決断し、以下4項目の具体策を実施しました。
 第1に、高齢化社会に向けて、老人の生き甲斐は「健康で豊かな社会生活を営むこと」をモットーに、実践面では医師を中心に教育班及び集団検診プロジェクトチームを編成し成人病予防教育と相談事業及び成人病集団検診を、清瀬市を中心に近隣各市の地域・職域にて実施し、「自分の健康は自分で守る」という健康管理の自主性を積極的に推奨。これらの事業完遂の為、成人病センターを開設し、専門医と諸機器を配置し、専門的包括医療を地域に提供する。
 策2に、「寝たきり老人を作らないために」をスローガンとして、老人医療の基本である予防から在宅ケアに一貫した医療対策の確立を図り、早期診断・早期治療・早期リハビリテーションを実施し、社会復帰を目指して、病院の全てを挙げ、この業に日夜励む。
 第3に、一人暮し、虚弱老人及び寝たきり老人の健全な生活を保障すべく特別養護老人ホーム信愛の園を開設。
 第4に、老人にとっては、身体的に不自由であっても住み慣れた地域で親しい人々に囲まれて暮らすことがより自然に近い生活である。本会は、従来の福祉政策が施設を中心にしたケアであった事に対し、在宅老人ケアに医療サイドからの働きかけを重視した福祉に踏み切った。即ち、信愛デイケアセンターは在宅老人の健康な生活を守る為に社会資源はどのような愛情を提供し得るかを考慮し、医療福祉面のサービスを提供してコミュニティケアを実践している。

1970年(昭和45)
特別養護老人ホーム信愛の園開設
1973年(昭和48)
成人病センター及び内科病棟増築
1975年(昭和50)
リハビリテーションセンター及び老年病棟増築
1979年(昭和54)
信愛デイケアセンター開設。特別養護老人ホーム信愛の園増築
1981年(昭和56)
信愛病院に脳神経外料・外科開設。
東久留米市寝たきり老人訪問看護指導開始
 信愛報恩会主催文化祭バザー(第1回)

在宅福祉、保健、医療の統合

4枚の写真 大塚高齢者在宅サービスセンター送迎バス、西尾久東部在宅高齢者通所サービスセンターの利用者さん3名、信愛苑北面、信愛病院外来ロビー 昭和60年代に入り、国はゴールドプランにより、老人福祉施策を積極的に打ち出しました。公設民営型として文京区より特別養護老人ホーム大塚みどりの郷・在宅サービスセンターの事業運営の委託を受け、さらに平成2年より湯島在宅サービスセンター、5年より大塚在宅介譲支援センター、8年には大塚ホームヘルパーステーション、9年には昭和在宅サービスセンターの受託運営事業を開始しました。又、平成6年には、統廃合を余儀なくされた信愛保育園を閉園し、その跡地に特別養譲老人ホーム信愛のぞみの郷・在宅サービスセンターを建築し、開設しました。
 在宅老人ケア対策を強化拡充するため、信愛デイケアセンターは五市共同事業から清瀬市単独事業へと切り替わり、あわせて在宅介譲支援センターの委託事業に取り組みました。
 信愛病院では、昭和56年から清瀬市、東久留米市より訪問指導事業を受託していましたが、新制度によって訪問看護ステーションを開設し、福祉医療施設として広い範囲で在宅老人ケアが実践できるよう努力します。
 一方、高齢化社会の急速な進行とともに、従来の要介護高齢者への対策以外に健康な高齢者の生活をめぐっても様々な問題が生じてきました。すなわち、老後生活の長期化、家族構成・身体機能の変化、住環境の悪化、都市化とともに地域社会とのつながりがなくなる等、老後の生活に対する不安材料が多くなっています。個人の生活を重視し、個室化を進め、サービスは入浴や食事程度にとどめ、年金生活でも健康で生きがいのある安心して老後の生活ができるような小規模なケア付高齢者集合住宅として特定有料老人ホーム信愛苑を開設しました。又老朽化した信愛病院の増改築工事は平成8年9月に竣工し、緩和ケア病棟(ホスピス)・認知症対応の病棟などを備えた近代的病院として再出発しました。 


1988年(昭和63)
文京区立特別養護老人ホーム大塚みどりの郷・文京区立大塚高齢者在宅サービスセンターの受託運営事業開始
1989年(平成元)
特定有料老人ホーム信愛苑開設
1990年(平成2)
文京区立湯島高齢者在宅サービスセンターの受託運営事業開始
1992年(平成4)
信愛保育園閉園
文京区立大塚在宅介護支援センターの受託運営事業開始
1993年(平成5)
清瀬市在宅介護支援センターの受託運営事業開始
信愛デイケアセンター5市の共同利用者事業終了
 信愛病院療養型病床群(102床)を導入
1994年(平成6)
信愛デイケアセンター五市共同利用事業を終了し、清瀬市単独事業となる
特別養護老人ホーム信愛のぞみの郷関設
 荒川区西尾久東部在宅高齢者通所サービスセンター受託運営事業開始
 尾久在宅介護支援センターの受託運営事業開始 訪問看護ステーションを開設
1996年(平成8)
文京区立大塚ホームヘルパーステーション開設・受託運営事業開始
信愛病院増改築工事竣工、215床から202床へ減床
1997年(平成9)
文京区立昭和高齢者在宅サービスセンターの受託運営事業開始
1998年(平成10)
信愛病院 202床から199床へ減少
1999年(平成11)
指定居宅介護支援事業(介護保険法)事業(6カ所)開始

介護保険事業と福祉医療

2枚の写真とイラスト写真 ふれあいホール、しんあい清戸の里 平成12年に介護保険制度が施行され、市町村が福祉サービスを決定していた時代から、利用者が自らサービスを選ぶことができるようになり、高齢者福祉の在り方が変化し、医療と介護を総合的に利用できるようになりました。介護保険のサービスは、訪問、通所、短期滞在、居住系、入所系と体系化され、平成17年の改訂では、介護予防、平成23年には地域包括ケアが推進されてきました。
 医療では、在院日数の短縮化に伴い、病棟の機能が明確化され、信愛病院は疾病予防から終末期まで地域密着の病院としての役割を担うことになりました。今後は、多死時代が到来し、国は在宅への移行を勧めており、高齢者のための住まいという課題に取り組んでいきます。


2000年(平成12)
信愛の園・信愛デイケアセンター施設整備事業・全面改築工事竣工
介護保険制度施行に伴い、下記事業を開始
 ・指定介護老人福祉施設(三カ所 182+60+62床)
 ・指定介護療養型医療施設(136床)
 ・指定短期入所生活介護事業(3カ所)
 ・指定通所介護(5カ所)
 ・指定訪問看護事業(1カ所)
 ・指定訪問介護事業(2カ所)・居宅介護支援事業(5カ所)
信愛病院2階東西病棟100床と1階5病棟を改修工事し、1階D病棟32床、2階E病棟34床、F病棟34床に分割した(完全型の指定介護療養型医療施設) 居宅介護支援事業を開始
2001年(平成13)
信愛病院 病院機能評価取得
信愛病院看護婦宿舎整備事業・新築工事竣工
2006年(平成18)
信愛病院 病院機能評価更新受審
地域包括支援センター(文京区・荒川区)受託
2009年(平成21)
きよせ信愛地域包括支援センター(清瀬市)受託
法人設立100周年記念
2010年(平成22)
信愛病院 回復期リハビリテーション病棟開設
2014年(平成26)
サービス付き高齢者向け住宅「しんあい清戸の里」開設
グループホーム「ひまわり」開設
 複合型ケア「ほほえみ」開設
 訪問看護ステーションほほえみが清戸へ移転(梅園はサテライト)


写真 信愛病院写真 訪問看護ほほえみの車2台写真 信愛の園イラスト写真 清戸の里建物全体写真 特定有料老人ホーム 信愛苑写真 信愛のぞみの郷

社会福祉法人信愛報恩会

〒204-0024
東京都清瀬市梅園2-3-15

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FAX 042-433-4301
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